1977年、ニューヨーク市のシティコープ・タワーが完成した。設計者はウィリアム・ルメジャーという人物である。この59階建ての建物は非常に変わった構造を持っている。
タワーは完成し、ルメジャーはその設計の独創性を高く評価された。
しかし、完成後まもなくルメジャーは、一人の学生からの問い合わせに回答したことをきっかけに、自分の設計に見落としがあったことに気がついた。
斜め方向からの風を考慮していなかったため、タワーは16年に1度のレベルのハリケーンに対して安全でないことがわかったのである。
ハリケーンの季節は間近であったため、間に合うよう修理をするためにはタワーの脆弱性を公表しなければならなかった。そんなことをすれば、構造エンジニアとしてのキャリアと名声は吹き飛んでしまうかもしれなかった。
しかし、ルメジャーは自分の設計ミスを公表する道を選んだ。自分を雇った建設会社やシティコープ社に連絡を取り、事情を詳しく説明した。タワーは修理され、技術的問題は解決された。
一般的に見て、プロフェッションは以下の6つの特徴を持つ。
以上6つの特徴から、プロフェッションと社会との関係を次のように見ることができる。
こうした関係は一種の非明示的な契約のようなものと見ることができる。
プロフェッションがこうした取引に依拠するとすれば、社会はプロフェッションに対してきちんとサービスを行うよう要請することができ、プロフェッショナルはその要請に応じる義務を負う。
ルメジャーの行動は、一つには、こうした要請に応じたものだと考えること
ができる。
しかし、ルメジャーの行動は、別の仕方で理解することもできる。それは、自分が技術や技術者というものについて持つイメージを裏切らずに行動することが本人にとって報酬となるということ。
こうした感覚をプロフェッショナルとしての「誇り」という言葉で理解してもよい。
またこの感覚を「使命」という言葉で理解することもできる。たとえばプロフェッションとしての看護師のあり方についてF・ナイチンゲールが以下のように書いているのは示唆的である。
「何かに対して《使命》を感じるとはどういうことであろうか? それは何が《正しく》何が《最善》であるかという、あなた自身が持っている高い理念を達成させるために自分の仕事をすることであり、もしその仕事をしないでいたら「指摘される」からするというのではない、ということではなかろうか。これが「熱意」というものであり、自分の「使命」を全うするためには、およそ靴職人から彫刻家にいたるまで、誰もが持っていなければならないものなのである。[…]看護師は、自分自身の理念の満足を求めて病人の世話をするのでないかぎり、ほかからのどんな《指示命令》によっても、熱意を持って看護することはできないであろう。」 (F・ナイチンゲール『看護覚え書:看護であること看護でないこと改訳第7版』230-231頁。強調は引用者。)
私たちはたしかに、こうした感覚によって動かされ、時に自身の利害関心に反したことであっても行うということができるはずである。
誇りある技術者としてきちんと仕事をすることは、上でプロフェッションの特徴として挙げた項目の一つである自律性とも深く関わる。
たとえば、技術者は設計をするとき、満たさなくてはならない条件をどう満たすかということを自分で判断しなければならない。また、たとえば自分の所属する組織が問題のある行動をしていると知ったとき、内部告発を行うのが適切かどうかを自分で判断する必要が生じる。
このように、誇りある技術者がきちんと仕事をするためには、自律的な判断ができることが必要となる。
- (公衆の利益の優先)技術士は、公衆の安全、健康及び福利を最優先に考慮する。
- (持続可能性の確保)技術士は、地球環境の保全等、将来世代にわたる社会の持続可能性の確保>に努める。
- (有能性の重視)技術士は、自分の力量が及ぶ範囲の業務を行い、確信のない業務には携わらない。
- (真実性の確保)技術士は、報告、説明又は発表を、客観的でかつ事実に基づいた情報を用いて行う。
- (公正かつ誠実な履行)技術士は、公正な分析と判断に基づき、託された業務を誠実に履行する。
- (秘密の保持)技術士は、業務上知り得た秘密を、正当な理由がなく他に漏らしたり、転用したりしない。
- (信用の保持)技術士は、品位を保持し、欺瞞的な行為、不当な報酬の授受等、信用を失うような行為をしない。
- (相互の協力)技術士は、相互に信頼し、相手の立場を尊重して協力するように努める。
- (法規の遵守等)技術士は、業務の対象となる地域の法規を遵守し、文化的価値を尊重する。
- (継続研鑚)技術士は、常に専門技術の力量並びに技術と社会が接する領域の知識を高めるとともに、人材育成に努める。
技術士倫理綱領|公益社団法人日本技術士会 (https://www.engineer.or.jp/c_topics/000/000025.html)
プロフェッションの職能団体である学協会や、そのメンバーである自分以外の技術者たちに対する義務。
民法第709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。(不法行為法)製造物責任法(PL法)第3条
製造業者等は、[…]製造物[…]の欠陥により他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。
製造物責任法は1995年に施行された。それ以前でも製品事故でメーカーを訴えることは可能だったが、それは民法709条の「故意又は過失によって」という要件によるものであり、民事訴訟の原則に従って、加害者の過失を立証しなければならないものだった。
しかし、製造過程についての情報は基本的に製造者の側が所有し、また、高度で複雑な科学技術を用いて製造された工業製品について、素人である消費者が過失を立証することには困難が伴う。
そこで、製造者の過失ではなく、製造物の欠陥によって判断する製造物責任の考え方の必要性が説かれるようになった。
製造物責任法第2条
この法律において「製造物」とは、製造又は加工された動産をいう。
製造物責任法第2条2
この法律において「欠陥」とは、当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいう。
欠陥については、以下の三つに分類してみるのがわかりやすい。
製造物責任法は、製品開発を行う技術者に何を求めていることになるのか。それは、常識的な注意を払って過失を犯さないようにするだけでなく、安全性に対する消費者・使用者の合理的な期待を満たす、ということ。
では、この合理的期待とは何か。JR西日本福知山線脱線事故をもとに考えてみる。
次の三つの条件が考えられる。
事故を起こした福知山線の列車運行システムは、乗客の合理的期待を満たしていたと言えるか。三条件を当てはめてみる。
ここから、当時の福知山線の列車運行システムは、安全性に対する合理的期待を満たしていたとは言えない。
技術者の責任は、製品や技術を完成させた時点で終わりになるわけではない。ある技術や人工物が社会の中で長期にわたって安定して存在し続けるためには、その人工物とさまざまな社会的要素との間に調和が築かれなくてはならない。技術者は自分の生み出した製品や技術を社会とうまく調和させていくといった仕事にも携わる。
ここからは、そうした仕事の中心をなす「説明責任」という、さらなる責任について考える。
技術者の説明責任とは、製品や技術に伴うリスクを明らかにする義務、製品や技術に伴うリスク情報を開示する義務のことで、技術者が直接向かい合うことのない不特定多数の人々に対して負う倫理的責任である。
次の三つの問題を通して、技術者の説明責任について考える。
これから考察する説明責任はもっぱら企業だけに関係する責任であるかのように思う人もいるかもしれない。しかしそれは、企業と、個人としての技術者とがともに負うべき責任だというべき。
二つの重要事項。
技術者は、リスクに関する最新の情報や知識を手に入れていなければならない。
説明責任は、それが他の義務と衝突したときには、大抵の場合、他の倫理的義務よりも優先されるべき、きわめて重大な倫理的責任であり、技術者はこのことを十分に認識しなければならない。
二つの実践的課題。
最後の点からは、説明責任遂行上の基本的前提の重要性をも読み取ることができる。つまり、
という二つの条件の重要性。